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車 胤(しゃ いん、? - 400年)は、中国の東晋の人物。字は武子。曾祖父の車浚は呉の会稽太守、父の車育は郡主簿。
車胤の家は貧しく、灯火のための油を得ることが出来なかったので、夏には絹の袋に数十匹の蛍を集め、その光で書物を照らして昼も夜も勉強に励んだ、という伝承がある。同時代の孫康の伝承と会わせ、「蛍雪の功」の故事として伝えられ、「蛍の光」の歌詞として日本人にもよく知られている。その後、桓温に抜擢され、中央に仕えるまでに至った。
一般にはこのような勉学に熱心な姿ばかりがイメージされるが、反面遊興にも長けており、上官が来るときには率先して宴席を設け、宴会の場に彼がいない時には、「車公がいないと楽しくない」と周りに言わしめたとされている。
吏部尚書まで務めたが、最後は司馬元顕と対立して自殺させられた。